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be with you [あなたと一緒に] 20 [SPEC]

10分ばかり車を走らせ、古い倉庫街を通り過ぎたところで
吉川は何かに気づきブレーキをかけた。

遠くに見える、突如灯りが消えた雑居ビル。





隠れ家的と言えば聞こえはいいが、賑わいとは程遠い人通りもあまりないような寂れた場所、
いわゆる『場末の酒場』といういうやつだ。

入口のドアを開けばすぐにカウンターに行きつく狭い店内は、
壁のけばけばしい赤いビロード風の生地が艶をなくしている。

薄明りの中に立つ、長い黒髪。細い腰。
すらりと伸びた形のよい脚が惜しげもなく晒されている。
こぼれるような艶めかしさというのではなく、瑞々しさの中にひっそりと色香を含んだような女。

その女の前に座る一人の男以外には客らしき姿はない。
艶のあるスーツを身に纏った男は
能面のように表情がない端正な顔に冷ややかで静かな狂気を漂わせている。

「ねぇ、秀人」

女は親しげに話しかけながら、琥珀に満たされたグラスをカタリと揺すってカウンター越に男の前に差し出す。

ほんの一瞬見せる少し陰のある寂しげな表情、
ベッドの中でしか見せない縋るような目、
そういういつもは誰にも見せないような顔をしたあなたが好きなのだと
胸板に耳をあてた時に聞こえてくる啜り泣きような心の叫びが愛しいのだと
声には出さす、女は呟いた。

「なんだ?」

男はネクタイを緩め、シャツのボタンを1つ2つ外してからグラスを手に取る。

琥珀の液体が喉に流し込まれる度に、ゴクリと上下する喉仏を女は黙って見ていた。

乱暴に眼鏡をはずし、手で大きく顔を覆った頃、やっと女が話を続けた。

「清々しいまでに孤独に浸る姿ね。何かあった?
 あたしなんかに、言う訳ないか...」

「そういえばあの店であんたが話しかけた男って、どことなくあんたに似てたわね。
 あの男、一緒にいた娘(こ)殴ったりして不機嫌そうに見えたけど・・・ふふっ。
 少なくとも、あの娘のこと凄く愛してるわね。
 分かるのよ、あたしにはね。素直じゃないのよね、きっと二人とも」

「素直に抱いちまえばいいだけだろ、女なんて」

「素直じゃないのは、あたし達も負けてないと思うけど・・・」

「おいおい、好きだの嫌いだの言い出すんじゃねぇだろうな?
 止めてくれ! 俺は女なんか信用しちゃいねぇ。誰も信用しちゃいねぇ」

「フン! 本当は苦しいくせに、いきがってんじゃないわよ!
 『馬鹿でなれず、利口でなれず、中途半端でなおなれず』ってヤクザがよく言うけど
 馬鹿で、お利口で、半端者のあんたは所詮ヤクザになんか向いてないのよ」

「殺されたいのか?」

「殺したいなら、殺しなさいよ!」

女は怒りの中に憐れみを含んだ目を向けた。

「うるせぇ! お前だけはそんな顔すんじゃねぇ」

男が殴りかかった女の手首を掴んだ時だった。

「ガシャン!」

窓が割れる音と共に辺りに煙が充満し、電源が落ちた。



灯りが消えた雑居ビルを目指して吉川と当麻が狭い路地を走る。


中から出てきた厚みの無い上半身、少し重心を左右に揺らして歩く影。

「あれ、石原やないか!」吉川が叫ぶ。

パンと乾いた音が辺りに響き渡る。

ビルの外にまで立ち込める煙。

血と硝煙の匂い。

女の悲鳴。

「逃げろ! お前は生きろ!」

男の掠れた声。

「I'm really glad I・・met・・・you.」(お前と出会えて良かった)

とぎれとぎれに最後の言葉を言い終えると、鮮血を撒き散らしながら女の腕に倒れ込む。

「ひ・で・と・・・」

みるみる広がってゆく血だまりを女はただ茫然と見つめていた。

食うか・・・食われるか・・・
そこでしか生きられない闇の生き物のように
いつ自分が食われる側に回るかもしれない恐怖に慄きながら
それでもその世界を離れようともせす
愛されることにも愛することにも背を向けて生きた
哀しい男の最期だった。

それを見ていた当麻の目には、目の前の二人の姿に瀬文と自分を重ねたのか
うっすらと涙まで浮かんでいる。

「せ・ぶ・み・・・さん」

「当麻、しっかりせんかい。
 そいつは瀬文やない。瀬文は死んだりせん」

吉川に軽く頬を叩かれ、目に光を取り戻した当麻が叫ぶように口を開く。

「こんな男でも殺すことはねぇだろう! 浅倉の野郎!
 人の命を何だと思ってやがる。許せねぇ」

「あたしは石原を釣ったんじゃない。
 本当はそうするように仕向けられてた。むしろ釣られたんだ」

「そうか・・・、狙いは瀬文さんなんかじゃない!」

当麻の声に重なるように
石原の懐に手を伸ばし取り出した銃をコメカミに当てた女が呟いていた。

「ひでと・・・。あたしも一緒に行くよ・・・」

それに気づいた吉川が駆け寄る。

ほんの一瞬の差だった。
リボルバーから空気を切る音が聞こえて、この世から哀しい女が消えた。

「当麻、見るな!」

そう言って振り向いた時。どこにも当麻の姿はなかった。

「当麻、どこへ行きおった?
 そうや、瀬文に電話や!」

大きな独り言を言いながら懐から携帯を取り出した。

「瀬文。すまん、当麻が消えよった」



未詳では、吉川からの電話を受けた瀬文が慌てていた。

「なに? そこはどこだ? わかった、今すぐ行く」

通話を切ったばかりの携帯が手の中で再び着信を告げた。

画面には《餃子女》の文字。

「当麻か?」

「狼さん、遊びましょ♪」

「誰だお前?」

この言葉を直ぐには理解できず瀬文は顔をしかめ、
当麻の言葉を必死に思い出す。

『《狼》「憤怒(激情)」WRATHは、きっと瀬文さんです』

「浅倉か? 当麻はどこにいる?」

「大事なものを無くした場所。あんたは知ってるよ」

それだけ言って電話は切れた。

瀬文の頭の中でジリジリとした刺激が広がっていった。







石原さんが好き過ぎました。
石原さんの世界ならいくらでも書けそうです。(笑)
でも、いい加減この辺で死んでいただかないと話が進まない・・・。
さようなら、石原さん。(・_・。)グスン

次回こそは、瀬文さんが活躍してくれると思います。多分。きっと・・・。

では、また。


タグ:SPEC 当麻 瀬文
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