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「Montage」 第六話 開かれた扉 [Montage]

記憶の中でそっと、ふたりの手が離れてゆく。
音もなく、色もなく、やがて霞んでゆく幸せな思い出。

そして、彼女の記憶に俺の記憶が重なる。

雨の日には決まって、誰もいない少し高台の公園で街を眺める。

カラフルなパラソルに覆い隠されてひとの姿は見えない。
目に映るのは無機質な建物と空間。

雨の匂い。暗く湿った匂い。
怒号のような雨音。あるいは泣き声のような雨音。
心の悲鳴と、時を止めた世界。
全てを洗い流してくれる。記憶の破片さえも。

だが、その日は違った。
鈍色ににじむ世界の中で蜉蝣ように儚げな女の姿を見た。

雨に打たれるままに佇んで、どこか寒々しく震えている。
髪は水を含んだ重さに耐えかねて頬にかかり
瞳からは雨とも涙ともつかぬ滴が瞬きとともに落ちてゆく。

なぜか、その女から目を離せない。

視線に気づいたのだろう、彼女がこちらを向いた。
無防備な顔だった。

声をかけるつもりはなかった。
視線をかわすことも出来たはずだ。

どうしてあのとき、チセに声をかけたのだろう。
どこに惹かれたのだろうか。

もし、俺が言葉をかけなければ・・・、
あの雨の夜の出来事が無ければ、彼女はもっと楽に生きられたのか?
いや、違う。
彼女は「逃げ場」を必要としていたのだから・・・。

俺は結局、チセの心に刺さる棘を抜いてやることはできなかったのだ。
蓮という男のもとへ帰ったのだろうか?

ただ、確かなのはここにチセがいないという事実だけ。

もう遅いのかもしれない。
それでも、今はもう一度会いたい、会ってチセ自身から全てを聞きたい。
そうしなければ俺はここから前には進めない。

心の片隅にしまい込んだ何かあふれ出し
抑えても抑えきれないものに支配されてゆく。

その場の空気が行き場をなくして俺を押しつぶす。
手帳を握り締めた指が確かな圧力を覚えている。

窓にあたる雨の音だけがいつまでも続いていた・・・。

もうここ2ヶ月ほどの間、時間を見つけては唯一の手がかりである
「クロスオーバー」という名の店を探して歩くのが習慣になっていた。

今日はもう隣町の駅から、バス停を2つ、3つ分は歩いたろうか。
見知らぬ名前のバス停を見送ってさらにその先へと足を向けると
どこにでもありそうな中型の雑居ビルが立ち並ぶ町並が続いている。

気の早い秋が太陽を沈め始め、
さっきまでオレンジ色に染まっていた景色がすっかり暗くなっていた。

通りには、夜の世界の色とりどりの灯りがひしめいている。

大通りから1本奥へ入るとそこは住宅街のようだ。
高い塀に囲まれたような、暗い住宅街を抜けると
人通りのない三叉路に出た。

何か引きつけられるような妙な感覚に誘われ、
1本の細く薄暗い路地に足を踏み入れる。

その時だった。
一瞬、チセの姿を見たような気がしたのだ。

俺はその影を追って走った。
息が上がり、吐きそうになるくらい走った、が姿はない。
立ち止まって振り向くがやはり誰もいない。

「どうかしてる・・・」
息を整えるように、ゆっくりと夜空を仰いだ。

視線を下ろすと5メートル程先の切れかけた街灯の蛍光灯がちらちらと目を射る。

道の向こうからは、決してお世辞にも上品とは言えない、
一見しただけで、明らかに夜の世界の住人と分かる女が歩いてくる。
そして、切れかけたネオンサインのあたりで突然消えた。

「こんなところに店が?」

俺は近づいていきながら、ネオンサインの文字に目を凝らした。

「クロス・・・、クロスロード!」

店の名を見て驚いたが、とにかく店に入ってみることにした。

地下にある店へと続く階段は人ひとりがやっと通れる程の幅しかなく
コンクリートで造られた壁に囲まれている。

暗がりの中、店の扉のガラス窓から漏れてくる灯りだけをたよりに
ゆっくりと壁をつたい下りてゆく。

ドアに手をかけたまま一瞬息を呑んだ。
ためらいにも似た気持ちを振り払い扉を押す。

煙に霞んだ空気が白く漂ってくる。
さっきの女がチラリとこちらを向いた。

さほど広くはない店内の照明は暗く落とされていて
奥の壁にかけられたモニターには、
どこだろうか深い森の風景が映し出されている。

客は会話の合間に何ということもなくその映像を眺めている。
中にはグラス片手に見入っている女がいる。
店の風景に客たちさえも溶け込んでいるようだった。

なんとも言えない疎外感に襲われたまま立ち尽くしている俺に
やや呆れ顔の若いバーテンが声をかけてきた。

「いらっしゃいませ、どうぞ」
作り笑いで、手招きをする。

俺は言われるまま、男の前のカウンターチェアに座った。

さりげなく灰皿が置かれ、当たり前に注文を聞かれる。

「何にしますか」

「水割りを・・・」

「シングルで?」

「ええ、シングルで」

俺は話しかけるタイミングを見つけられずに
グラスに水割りを作るバーテンの様子を伺っていた。

コースターとグラスが差し出された時、男の顔を見上げ
思い切って口を開いた。

「あなたが、蓮さん?」

「いえ、違いますけど。
 蓮なら、今日はいませんが、と言うよりここ2ヶ月ほど姿を見ませんね」

「そうですか。でも、確かにこの店にいたんですよね」

「ええ、まあ。で、漣とはどういう・・・」
バーテンはやや不振そうに眉をひそめている。

「ちょっとした知り合いで・・・。ところで彼はここを辞めたんですか?」
俺の言葉を信じたとは思えないが、それでも質問に答えてはくれた。

「いえね、あいつはもともと気まぐれで週に1度か2度しか店に姿を現さないんです。
それでも、あいつ目当ての女の客が結構来るから、オーナーも何も言わないという訳で」

「どこに行けば会えるか分かりませんか?」

「さぁ」
バーテンは首をかしげた。

「行きそうな場所でもいいんですが」

「うーん、あいつの好きなものといえば、酒と女と後は・・・ビリヤード・・・くらいだから
ま、女のところか、どこかのプールバーにでも入り浸っているんじゃないんですかね」

そう答えつつ、じっと俺の顔を見つめていたバーテンの目が興味本位の色に変った。

「ところで、お客さん。何で蓮なんて探してるんです?」

「それうおり、彼がつきあっていた女の名前を聞いた事は?」

「さあ、あいつはいつも違う女を連れてたから、わかりませんねぇ」

「女を捜してるんですか?」

「ええまあ、チセという名前を聞いた事は?」

「いえ知りません」

そう言うと、バーテンは俺から目をそらした。

その視線の先では、二人の会話を白髪まじりのもう一人のバーテンが伺っている。

俺は何も手がかりを得られないことに焦りを感じ、グラスの中の少し薄くなった酒を飲み干すと

「おかわりはいかがですか」と白髪まじりのバーテンが静かな口調で近づいていた。

艶のある声だった。

その男はややこけた頬をひげが覆い、
若かかりし日の苦悩を閉じ込めたような深い皺が刻まれいる。

俺をまっすぐ見据えた目には声とは裏腹に艶はない。

「お客さん、漣とどこか似ているようだから言っておいてやるが、これは忠告だ。
あいつには関わらない方がいい。女のことはあきらめることだな」

「どういうことです? あなた本当は何か知ってるんじゃ?」

男の顔つきが変った。

「あんたは、この世界の仕組みと言うものがわかってない。あまり余計なことは言わないことだ」

そして、何もなかったように俺の前には誰もいなくなった。

俺は聞き分けのない人間なんかじゃない。
悔しさをかみ締めたまま店を出た俺の頬をまなぬるい風がなぜていった。

数日後、出張先のホテルの一室でいつものようにパソコンに向かっていた。
書類に目を通し、掛けていたメガネを少しあげ、またキーボードへと指を戻そうとした時
携帯電話が呼び出しを告げた。

「ひさしぶりだな。似合ってるぜ、そのスーツ」

「誰だ?」そう聞こうとして俺は言葉を止めた。
電話の向こうのその声に、聞き覚えがあったのだ。

あの店を出てすぐに階段のところでぶつかった男だ。
謝る俺に、酒で焼けたような特徴のあるしゃがれた声で「気をつけろ!」と返してきたその声だ。

黒っぽい帽子を深くかぶっていたので顔ははっきりとは覚えていないが、
すれ違いざま薄気味悪い笑みを浮かべたような気がして気になっていたのだ。

「驚いたぜ、まさかお前がサラリーマンのまねごととはな」

「誰だ?」

「おいおい、ご挨拶だな、蓮。俺の事を忘れたとでも言うつもりか?
 お前が今どこで何をしてるか全部分かってるんだぜ。
 お前はパソコンの前にいる。そして左手で携帯を握っている。な、そうだろ?」

蓮だって、どういう事だ。
どうして、そんなことまで分かるんだ。
混乱した俺は声を荒げ興奮気味に言った。

「おい今どこだ、どこにいるんだ!」

「慌てんなよ。
 すぐにその生活を壊しに行ってやるよ」

「おい!!」

一方的に電話は切れた。
そして、俺はしばらくそのまま動けないでいた。

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相変わらず、仕事が遅くてすみません。

後書きはまた明日、書かせていただきますね。
(今、頭がぼーっとしてるので読み直してこそっと本文も書き直してたりして・・・あははっ)

Zzz…(*´(00)`)。o○


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コメント 8

ココ

おぉ~、お話、動きましたね~~。
お話動いたというか、人が動いたっていうか、DVD進んだっていうか…。
ありゃー、ここで終わっちゃいましたか。えーん、早く続きが読み隊でっす。

前回の「Blue Moon」から、コメの続きになりますけど、
高級○ー○○ー○、
まぁ、似合ってるかしら。おほほ。
飾り窓の女?
ドゥミ・モンデーヌ(椿姫の世界)?←いいようにしかとれない。
世の中にはマニアもおりますから、テクなしでも、やっていけますかしら。
有吉佐和子の「香華」では、張見世に並んでた娼妓が美しさ№1にもかかわらず、30になるかならずやの歳(だったと思う)で、「ばばぁ傾城!」なんて言葉を浴びせられるんですのよ。大正時代くらいのお話でしたかしらね。

>今回はつい、いけない方向へ行きそうになってしまいました~。
オリジナルは30行ほど長かったのでし(いや~んっっ)

この30行、どこかにアプちて下さいましね~。

冒頭のキャプ、セピアっていうだけで、
またまた違う魅力、倍増でございます~~~!
by ココ (2007-12-10 07:56) 

うにゃ

う~ん、以外でした。(ウレシイ以外ですよ)
自分の勝手な想像の中では、煌と蓮がクロスすると思っていませんでした。
2人が会う事もあるのでしょうかね?
うふふ、楽しみ。

ぶちょーのストーリーなのに、いろんなこと想像しちゃってます。
こう思うけれど、本当は違ってたりして・・・とか、
こうかな?いやいや違うぞ・・・なんて。
ホント、早く続きが読み隊ですー。

>この30行、どこかにアプちて下さいましね~。(by ココさま)

そうそう、私も思っていたんです。
言ってもいいかな~?ダメ?と、モジモジしてましたわ(笑)
どこかでアプ、お待ちしてますね~♪
by うにゃ (2007-12-13 23:27) 

ごまきち

♪きゃー(≧ω≦*)♪♪きゃー(≧ω≦*)♪♪きゃー(≧ω≦*)♪

くぅ~んか、くぅ~んか、くぅ~んか。(>(エ)<)(←ぶちょのおしりを槐でるらしぃ)

ボコッ!!
・・イデデッ!!(o>ェ<)U
(↑後ろ足で蹴られたらしぃ)

ワンワンワンワンワンワンワンワンッッ===333
ドタドタドタドタドタドタドターーーーッッ===333
クンクンクンクン・・・・
バタバタバタバタバタバターーーーッッ===333
(↑あちこち走り回って、にほひを槐でるらしぃ)

ハァハァハァハァ・・・
(↑チョット満足したらしぃ(● ̄(エ) ̄●)ノ)
by ごまきち (2008-01-21 15:40) 

ココ

あっ、変態犬だわっ。まだ生きていたのねっ。

な、なんかこのコメ部屋…、

本多劇場へ「SOHJI・そうぢ!」を観に行けなかった組が集ってるわ…。

ううっ、負け犬だわっ。
by ココ (2008-01-21 19:09) 

うにゃ

あら、ほんとだ。

負け犬?
負け組?

でっ、でもっ!ココさま足洗われるのでは・・・?

私には逆立ちしてもムリだわ。
うわぁぁぁ~ん。ごろごろごろ・・・。
by うにゃ (2008-01-23 11:01) 

とんとん

>ココさま

すっかり放置しててすみませーん。

>えーん、早く続きが読み隊でっす。

えーん、早く続きが書き終わり隊でっす。
ええ、書けません。
ちっとも書けません。
時間もなりし、萌えもいまいち足りません。
でも、自分の頭の中ではすっかり最後までできてるので
今しばらく猶予を下さいませ。←もう忘れたってか?

「飾り窓の女」似合いますとも、マダムココなら・・・
で、にしおかすみこも・・・(イデッ!)

>この30行、どこかにアプちて下さいましね~。

えっ? 何のこと??
「わたしちっともわからない」
なーんて、そのうち秘密の場所にでも置いておこうかなっ。(ふふっ)
by とんとん (2008-01-24 00:00) 

とんとん

>うにゃさま

>自分の勝手な想像の中では、煌と蓮がクロスすると思っていませんでした。
2人が会う事もあるのでしょうかね?

会うといえば、会うのかな?
うふふっ、ナイショ!

>ぶちょーのストーリーなのに、いろんなこと想像しちゃってます。
こう思うけれど、本当は違ってたりして・・・とか、
こうかな?いやいや違うぞ・・・なんて。

まあ、そんな風に読んでいただけるなんて嬉しい限りです。
一応、ミステリー仕立てにしたつもりなので
どんどん妄想を膨らまして下さいませ。

うにゃさまの想像したことも教えてくださーい。
by とんとん (2008-01-24 00:00) 

とんとん

あっ、変態犬だわっ。まだ生きていたのねっ。2

ぷっ! 
ああ、ヒクヒクお下品にあしおっぴろげて万歳犬が倒れてるわさ。
もう、後ろでおしりを嗅いでるからよ!!

負け犬? まさしく・・・。
でも、イカもうにもごろごろしてる・・・
何? 何なの?? この部屋???
by とんとん (2008-01-24 00:05) 

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