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「Montage」 第五話 青い月2 [Montage]

彼は、私を抱きしめる手を緩め、コートのポケットから煙草を取り出す。
トントンと心地いい音を響かせ煙草を咥えると
カチッという音と共にオイルタイター特有の匂いがたちこめる。
なめらかな仕草で煙を吐き出す彼の顔を、青く鮮やかに瞬く月が照らし出す。

「私の部屋で飲みましょうか」

わたしは、そう口にしていた。

彼は何も言わず、私の腰に腕を回し歩き出す。
「crossover(クロスオーバー)」と書かれた店のネオンサインが二人を見送っているようだった。

陽のささない部屋は切るように冷たい夜気に包まれていた。

乾いた唇が、わたしの唇に重なる。
触れ合うその瞬間、微かに煙草の味がした。
彼の身体はスパイシーな香りに満ちていた。

艶っぽい表情、匂い立つ男の香り、微かな汗の匂い。
膝にかかる体の重さ。頬にかかる息。指の温もり。

それらは甘く媚薬のように、わたしの思考を奪っていく。
彼の身体から漂う「OPIUM」の意味をその時のわたしは知るはずもなかった。

彼の放った矢は私の身体を貫き抜けた。

それから、漣は週に1度ほど、わたしの部屋へやって来るようになった。
決まってすることは、強い酒を煽ること、わたしの言葉と唇を奪うこと。
彼はそうやって何もかもを奪っていった。

朝の光が窓から漏れる頃には、駅のコインロッカーの鍵と小さな包みを渡し帰ってゆく。
ただ、それだけだった。

けれど、わたしは漣の為になら何でもした。
男たちに弄ばれることなど何も感じはしなかった。
渡された包みの中身が何であろうとそんなことはどうでもよかった。

そして、抜け出したはずの夜の世界より
さらに深く暗い闇の淵へといとも簡単に落ちていった。

彼はときどき、薄笑いを浮かべることはあったけれど
彼の笑った顔を見たことはない。

視線を合わせたくないように、顔を背け、
独り言のように口づさむ歌がとても寂しそうで
古い背中の傷が堪らなくいとおしかった。

彼の背中の傷に触れた時だった、ビクリと肩が震え
「触るな!」と
振り向きざまにわたしの手を振り払った。

彼の乱暴な手が容赦なく私の頬をかすめ
強い光を放つ瞳で睨み付けた。

息が乱れ、彼の身体は震えていた。
彼の背中には今も目には見えない冷たいナイフが突き立ったままなのかもしれない。

その日もいつものように自分の身体を引きずるように家に辿り着いた。

フリーザーから『Black Death(黒死)』を取り出す。
漣が好きな喉が焼けるように強い酒。

冷え切ったボトルが更にわたしの身体を冷やしてゆく。

グラスに蜜のようにトロリとした酒が注がれる。
その中の氷柱のような結晶のような小さな氷の塊がキラキラと光っている。

ゆっくりと口へ運ぶ。
その冷たさが全身に拡がる、がやがてそれは熱くわたしを暖める。

ふとした瞬間に襲ってくる自分が人形にでもなったような気怠げな気持ち
それをかき消すように、酒を煽った。

わたしにはもう泣く力はなかった
それでも求めてしまう。
漣には沢山の女の匂いが染みついているというのに・・・。
わたしは自分を笑った。

こんな風に暗く冷たい部屋の中で、ひとりで幾度朝を迎えただろうか。

疲れた身体をベッドに横たえ大きなため息をつき、
店からの帰り道、誰かの視線を感じていたことを思い出した時だった。

携帯電話が音をたてた。
ベッドから起き上がることもなく、電話を手にした。

働かない頭に大きな声がする。

「そこから逃げろ!」
「そして、二度と俺の前に現れるな。いいな!」

それだけ言うと電話は切れた。
漣だった。

乱暴に扉を叩く音がした。

「漣?」
ある種の期待を込めて扉に近づく。

「いないのか?」
かすれた男の声がする。

わたしは凍りついた。

やがてあきらめたのか、男の足音が遠ざかっていった。

「ここから、逃げなくては・・・」

まだ、肌寒い四月の空が明け始めた頃、わたしは部屋を飛び出していた。

見飽きた街の見慣れた光景。
なのに、どこにも居場所はなく、帰れる場所もなかった。
ただ、あてもなく街を彷徨った。

夕方から振り出した雨にうたれ、もうどうでもいいほどずぶぬれだった。
このまま死んでしまうのかと思うほど身体が冷え切っていた。
どこか、違う世界にいけるならそれもいいとさえ思った。
そんな時よ、煌・・・あなたに出会ったのは。

誰もいなくなった公園のベンチにわたしは一人座っていた。

傘にあたる雨音に顔を上げると

「そんなに濡れて、風邪ひきますよ」

そう言って話しかけてきた、その顔を見て驚いた。
どことなく面影が漣に似ていたから。
でも、その声もしぐさも笑顔までが、彼とは別人だと教えていた。

「どうして、こんなところに?」
そう言いながら、あなたは傘をさしかけてくれた。

「行くところがないから・・・」
そう、わたしが答えると
あなたは複雑な笑みを重ね合わせた表情をしていた。

「じゃあ、とりあえず暖かいコーヒーでも飲みませんか?」
わたしは、誘われるままあなたに着いていった。

あなたは家に入れてくれて
それ以上は何も聞かず、大きなタオルと暖かいコーヒーカップを差し出した。

わたしは、お礼と自分の名前だけを告げた。

「チセさん・・・」
あなたが、呟く。

呼ばれたことがないはずなのに、私の名を呼ぶ声は耳に馴染んだ心地良いものに思えた。  
その声に誘われるように立ち上がりあなたの横へと腰を下ろした。
しばらくして、少し離れて座るあなたの方へと視線を向けた。

この時、わたしはあなたを利用しようとしていた。

わたしは自分からあなたの背中に腕をまわした、
一瞬、抵抗するような素振りを見せたけれど、
それもすぐに消えてあなたはわたしを受け入れた。

あなたの肌の温もりが、心の中に仕舞い込んでいた気持ちを緩やかにほどいていく。
不思議だった・・・。

あなたが彼に良く似ていたからなのか、
それともあなたが彼に良く似ていたからなのかそれは分からない。

あなたは知らない。
目には見えないけれどいつまでもわたしを傷つけるものがある。
漣はまるで私の心に刺さった小さな棘。
それは決して抜けることのない棘。

漣の唇の感触が、いつまでも離れない。
わたしは一人の時、無意識に唇に触れていた。

掻き乱される、あなたが側にいると・・・。
重なる、あなたと彼が・・・。
わたしは、あなたと漣の面影を重ねていた。
あなたの無邪気な笑顔が痛かった。

煌・・・
あなたが見たのはチセという女を演じたまやかしの私。

それでもあなたと一緒に過ごす時間はとても楽しかった。
あなたの屈託のない優しい笑顔、わたしを包み込む暖かい手・・・。
何もかもが、わたしを癒してくれた。

男の肌の温もりが、男の身体の重さがこんなに心地いいと感じたことはなかった。
けれど、仮面をはずしたわたしは、哀しくなるほど孤独な女だった。

いえ、わたしだけじゃない。
人は、自分より可哀想な人には優しくできるという。
でもそれは、自分の可哀想を隠すため・・・。
ひょっとしたら二人は「似た者同士」だったのかもしれない。

だから、あなたは何も聞かなかったし、わたしもまた何も聞かなかった。
そう、真実を知ることが幸せとは限らないと知っていたから。

「煌、あなたの心の片隅には何が隠れているの?」

俺は、手帳をめくる指を止めた・・・。

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漣さんのつけている香水「OPIUM(オピウム・プールオム)」は
「阿片」という意味で(プールオム=男性用)
パッケージ通り、イメージは紫でとてもセクシーな大人の香りだそうです。

彼自身が阿片みたいな男ですね。
チセさんはすっかり中毒になってしまいましたとさ。

ちなみに、漣のいる店の名前「crossover」は
交差路、歩道橋という意味の他に異なるジャンルを融合するという意味もあります。
この店の名前にもそれなりに意味があるのですよ。(えへへっ)

もっと余談を言いますと(えっ! 誰も聞いてない?)
blue moon には、娼家、赤線地帯なーんて意味もあったりなんかして。。。
だって、チセさんのご職業は○○○嬢・・・←オイ!

だんだん何を書いているのか微妙にわからなくなってきていて(あははっ)
相変わらず、更新遅くてすみませんでした。
でも、今年中には終わらせるぞー!! ←ホントかよ!


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ごまきち

♪きゃー(≧ω≦*)♪

いゃ〜んっっ
すっごく切なくなってきまちたワンッ(>_<)

読みながら、槐たんの一人二役で妄想が流れるなりぃ〜(:_;)

あんっ!
ゆっくり読めないのがちゅらいっす

後でまたお邪魔いたしますワンッm(__)m
by ごまきち (2007-11-30 14:21) 

ココ

思わず…、

お話の中に入り込んでしまいましたわ。

>俺は、手帳をめくる指を止めた・・・。

?! はっ、とさせられましたわ。
ああ、そうか、これは、煌の…。
そうでしたわ。すっかり忘れておりました。
それほどこのエピソードに没頭させられました。頬を染めながら(≧≦)。いや~んっっⅡでございました~。

>blue moon には、娼家、赤線地帯なーんて意味もあったりなんかして。。。

えっ?ぎょえっ?
わたくしの少女の頃の憧れのばらの名前が…?
うーん、わたくしに相応しい花でしたのね。

>でも、今年中には終わらせるぞー!!

待っておりますわ~~~♪
by ココ (2007-11-30 17:38) 

とんとん

>ごまちーん

ごりゃー!!
だーれも寄り付かないと思ったら・・・

「・・・この前部室でごまーキングしたことは、黙っとこーっと ボソッ!」(犬小屋より)

いつのまにか、ごまーキングしたわね!! ←ブスッ! ☆ ―⊂|コヘ(^-^ ) お注射ザンス!

もいっかい、いらっさ~い。
てぐすね引いて待ってるわよ~~~ Oo。( ̄。 ̄ )y- ~

>読みながら、槐たんの一人二役で妄想が流れるなりぃ〜(:_;)

あ~ら、漣さんは槐たんじゃないと言ったらどうする?(いっしっし)
by とんとん (2007-12-01 00:17) 

とんとん

>ココさま

えっ、穴のなかに入り込んでらっさったのです槐? ←それはごまちん

>ああ、そうか、これは、煌の…。
そうでしたわ。すっかり忘れておりました。

そうでしたわ。書いてる本人もすーっかり煌のこと忘れてましたわ。(へへっ)
だって、漣さんの方が好みだんだもん♪

「blue moon」イメージ壊してしまいましたわね。
余計な英語の意味ばっかり知ってるヤツでし。
ちゅみまっちぇ~ん。

でも、マダムココならきっと高級○ー○○ー○似合いそうですわね。
(高そう・・・ぼそっ)←オイ!
by とんとん (2007-12-01 01:36) 

うにゃ

私も同じく、入り込んでしまいました。

>?! はっ、とさせられましたわ。
ああ、そうか、これは、煌の…。(by ココさま)

まったく同様。いや~んっっⅢでございます(^^;)

漣さん、悪いお人だったんですね。うふふふ(←喜んでる)
煌といても、忘れることのできない漣。

漣の真実、チセの真実、そして煌の真実。
謎がいっぱいで、ワクワクです~。

ぶちょー、無理しない範囲で頑張ってくださいね。
(↑ 早く続き読み隊って言ってるみたい?エヘヘ)
by うにゃ (2007-12-01 13:20) 

とんとん

>うにゃさま

ありょ、うにゃさままで穴の中に? ←だから違うって

今回はつい、いけない方向へ行きそうになってしまいました~。
オリジナルは30行ほど長かったのでし(いや~んっっ)
ま、それがどこかは言わなくてもわかっていただけそうですわねー(へへっ)

>漣さん、悪いお人だったんですね。うふふふ(←喜んでる)

やっぱり、うにゃさまも漣さんがお好みですのね。(にやにや)
スピンオフで漣さんの話を書きたいくらいですもん♪

>漣の真実、チセの真実、そして煌の真実。

金翼のように謎槙杉で収集できなかったらどうしましょ(^^;) ←オイ!

が、頑張りま~す。
by とんとん (2007-12-03 00:28) 

ごまきち

>あ~ら、漣さんは槐たんじゃないと言ったらどうする?(いっしっし)

えっっ!?

もっ、もしかして・・・・
ちぇっ、ちぇんちぇーなのっっ!?
ちぇんちぇーなのねっっ!!!!
そぅなのねっっっっ!?
(↑オイオイ(  ̄(エ) ̄;A )
by ごまきち (2007-12-05 08:20) 

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