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「Montage」 第四話 青い月1 [Montage]

いつになったら抜け出せるのだろう
いつになったら自由になれるのだろう
いつになったら・・・

わたしが彼と出会ったのはほんの偶然。
突然降り出した冷たい雨を避けるように入った店でのことだった。

その店のカウンターの奥には並べられたグラスたちが薄灯りに照らされほのかに輝き
さまざまな色の瓶たちもまた宝石のように妖しい光を放って
夜の世界が出迎えていた。

うごめく影を目で追う。
そこに一人のバーテンダーの姿が浮かび上がった。

顔ははっきりとは見えなかったが
わたしは、カウンターを挟んで彼の前へ座った。

カウンターの端に男が一人グラスを傾けている。

わたしは何気なく雨に濡れた髪を気にしていた。

「振り出しましたか? 雨・・・」
カウンターの向こうから声がした。

声の主はすらりと背が高く
鍛え上げられた身体に白いシャツと黒いベストを纏い
蝶ネクタイを締めていた。

前髪の奥からチラっとこちらを見る。
その視線の鋭さにドキッとした。

雨に濡れた私を見かねたのか、何も言わず
おしぼりの他に乾いたタオルを差し出した。

「ありがとう・・・」

そう言って、タオルで雨をぬぐいながら
目の前の男が、まるでピアニストが哀しい調べを奏でるように
アイスピックで小気味良い音をたてて氷を削るのを眺めていた。

カラン・・・

やがて、氷は男の手を離れグラスの中へ。
琥珀色のバーボンが注がれちょっとした手の動きに反応した氷とそれを包むガラスとがぶつかり合い、透き通った音を響かせた。

グラスはわたしの前を通り過ぎ勢い良くカウンターを滑ってゆく。
その先にいた男が慣れたしぐさでそれを受け取る。

気がつくと、隣の席に見知らぬ男が近づいていた。
「隣、いいかな」

「ええ」
わたしは、ため息のような返事をした。

「彼女にも何か」
隣の男がバーテンダーに合図する。

隣に座った男のことなどどうでもよかった。
何も考えたくない、そう思っていた。

バーデンダーがハッキリとした声で私に話しかけた。

「ブルー・ムーンですね」

私は、彼が酒のボトルを握るしなやかで白く長い指をぼんやりと見つめていた。

ドライ・ジン、クレーム・ド・バイオレット、レモン・ジュースそれらを次々とメジャー・カップで注ぎ込み、砕いた氷を最後に入れる。
シェイカーを両手の指で持つ彼の身体が小刻みに揺れた。
やがて銀色のシェイカーは動きを止め、淡い紫色の液体がグラスに注がれる。

やがて、グラスがそっとさし出された。
わたしはカクテルに口をつけながら大きなため息をついていた。

そんな私の手に隣の男の手が重ねられた。

「どうかしましたか?」

とてもイヤな感覚だった。
とても耳障りな音だった。

「やめて下さい」
慌てて男の手を振りほどく。
それでも男は離れない。
私の顔は歪んでいただろう。
 
目の前で何かがキラリと光った。
冷たく突き刺す氷のように・・・。

バーテンダーが男に話しかける。

「ブルー・ムーンの意味を知りませんか?」

「それがどうした。お前には関係ない」
男が言葉を返し再びわたしに触れようとした時だった。

バーテンダーが客の腕をつかんだ。

「ブルー・ムーンはできない相談、つまりお断りってことだ」
「こういう店に出入りするのなら覚えておくんだな」

その強い口調に客は驚いたのかしばらく動かなかった。

「わかったよ」
そう言うとバーテンダーの手を振りほどきハツが悪そうに店を出ていった。

それからも、彼は何事もなかったかのように氷を削り続けている。

「助けてくれてありがとう」

「このお酒のこと教えてくれる?」
私は、目の前のブルー・ムーンを指差した。

「薄紫色をしてるのにどうしてブルー・ムーンなの?」
「お断りってどういうこと」

質問を立て続けにするわたしにやや呆れたのか
彼はやっと淡々とした口調で語り始めた。

「パルフェタムールという紫のリキュールを使うから薄紫色のカクテルに仕上がる」
「ほら、これですよ」
そう言って、リキュールの瓶を私に見せる。

「青い月を見ることは難しい。
 だから「ブルー・ムーン」には「めったにない」「出来ない相談」なんていう意味がある」
「こういう店じゃ、「あなたとお付き合いしたくありません」という意味で注文するのがスマートな断りの方法というものです」

彼の言葉に・・・彼のしぐさに・・・私は酔ってしまったのかもしれない。
いつしか独り言のように自分のことを語っていた。

彼は、やはり何も言わなかった。

1週間ほどたった頃、私は再び店を訪れていた。

彼の姿をカウンターの奥に探す。
彼の前には見知らぬ女たちがうごめいている。

わたしは、カウンターの一番端に座り彼を見ていた。

長い睫毛がライトに照らされ
男の顔は透き通るように白く、
やや茶色味がかった髪からのぞく目だけが
獲物を狙う獣のように鋭く冷たい光をたたえていた。

それでも、そんな男の姿に女たちは色めき、
シェカーを振るしなやかな指に魅せられた。
数々の女たちは男を誘った。
しかし男はそんな花の誘いに耳を貸すでもなくただ黙々と酒をつくり続けた。

セピアに煙った小さな空間の中では、彼は決して自分の事は語らない。
聞かれればけだるそうな視線を向けるだけなのだ。

わたしもまた名前も知らぬ男に魅せられていることを悟った。

彼のつくった酒が心地よく全身を満たし始めた時だった。

「漣、交代だ」
いきおい良くカウンターの中に入っていった男が叫んだ。

彼は返事の代わりに、手てにしていたグラスを置き
わたしに近づいて耳元でそっと囁いた。

「一緒に出ませんか?」
私は、自分の耳を疑った。

軽く頷くと

「着替えてくるから、裏口で待ってて下さい」
と言い残し店の奥へ消えていった。

私は言われるまま店の裏口で彼を待った。
やがて、黒いシャツに黒いコートを纏った男が扉を開けた。

自分を見つめる男と目線が絡み合う。
目の前にいるこの男がどうしようもなく好きだと思えた。

視線をずらし、やや距離を置こうとしたわたしを男の腕が引きとめ抱き寄せる。
彼のシャツを握るこの手が震えていた・・・。

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本当はもう少し先まで書いたんですが、
一話にするには少し長いので二話に分けることにしました。
という訳で何だか中途半端なところで終わってますわね。(おほほっ)
しかも、今回はチセさんのお話なので、煌ったらちっとも出てきません。
↑一応主人公なのに(あははっ)

ところで、今回もう一人の男が登場しました。
名前は「漣(レン)」と言います。
漣(さざなみとも読みます)は「小さな心のゆれや争いごとのたとえ」
あるいは「涙を流す様子」「凛々しい」なんて意味もあります。
そのあたりから、漣という人物を想像してみて下さい。←そんなもん分かる槐!!

余談ですが、漣が語っていた「ブルー・ムーン」について

青い月を見ることは大変難しいというだけでなく、
同じ月のうちに訪れる二度目の満月を「ブルー・ムーン」ということからも
「珍しい出来事」「叶わぬ恋」という意味があるとされています。
そこから、「once in a blue moon(めったにない)」という熟語も生まれました。
お話に出てきた、カクテル以外にも薔薇の品種にも
青いというより紫がかった藤色に近い花色の「ブルー・ムーン」があります。
また、カクテルに使われる「完全な愛」という名のパルフェタムールは
薔薇のブルームーンと同じような香りがするそうです。


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ココ

おはようございます~。
寝覚めの一ぱ…いえ一服、じゃなくて、寝覚めの一枚目…。
あぁ~~~ん、わたくし、このキャプというかこのシーン、だーいすきっ♪
「Montage」は、ここと「咥え煙草のビリヤード」があればいいんですっっっ♪♪♪
ぶちょさま早く、次が読み隊ですー。

「ブルー・ムーン」、
わたくしが初めて知った薔薇の名前ですわ。
小学生のとき、河内長野の図書館で(すっごーいローカル!従姉妹の家に遊びに行ってたときに)。
紫のばら、小学生には憧れでした。
今はかなり一般的なようですね。

漣(「レン」でいいんでそか)、どんな男なんでしょね?

>やがて、黒いシャツに黒いコートを纏った男が扉を開けた。

や~ん♪それだけで、なんか、勝手にイメージ膨らまして身体をよじってしまいそうです♪。
by ココ (2007-11-19 06:30) 

うにゃ

「ブルー・ムーン」、若かりし頃、注文していました。
ジンベースのが好きだったというのと、名前が好きで。
あらー、意味まで知りませんでした。
ということは、断りまくってたのかしら・・・?残念。
ウソウソ。女友達と飲んでましたから(笑)。

もう一人の男、登場しましたね~。
チセさんとどういう関係なのでしょうか。
そして、そのことがどういう風に煌と関わってくるのか、楽しみです。

>漣(さざなみ)は「小さな心のゆれや争いごとのたとえ」

う~ん、う~ん・・・切なくなりそう・・・。
by うにゃ (2007-11-20 00:29) 

ごまきち

♪きゃー(≧ω≦*)♪♪きゃー(≧ω≦*)♪♪きゃー(≧ω≦*)♪
♪きゃー(≧ω≦*)♪♪きゃー(≧ω≦*)♪♪きゃー(≧ω≦*)♪

れっ、漣さまぁ~~~~っっ

>わたしに近づいて耳元でそっと囁いた。
「一緒に出ませんか?」

出る出る出る出る出る出る出る出る~~~~~~っっっっっっっっ!!!!!
すぐ出るっっっっっ!!!!!!
今出るっっっっっっ!!!!
どこにでも出る~~~~~っっっっっっっっ!!!!!!

>長い睫毛がライトに照らされ
男の顔は透き通るように白く、
やや茶色味がかった髪からのぞく目だけが
獲物を狙う獣のように鋭く冷たい光をたたえていた。

きゃいーーーっっんっっっっ(o>ェ<)

もぅっ、久々に萌え萌え萌えぇ~~~なりぃーーーーっっっっっっ!!!
ドSのにほひがするなりぃーーーっっ
絶対ドSなりぃ~~~~っっ
早く次が読み隊なりぃ~~~~っっ⊂((〃/⊥\〃))⊃ウキャ♪
ドS漣さまに会い隊なりぃ~~~~っっ!!!
(↑勝手に決めてるし?)
by ごまきち (2007-11-26 22:56) 

とんとん

>ココさま

毎度の放置プレイ、すみません。
でも、次槐の
>寝覚めの一ぱ…いえ一服、じゃなくて、寝覚めの一枚目…。
は、もっとええですわよ。(うひひっ)

「咥え煙草のビリヤード」、ああちゅてきぃ~ ←ごまちんかよっ!
あのシーン見たさに買ったようなもんですもん。←オイ!

紫のばらって、ココさまに似合いそうですわ。
とーっても妖しくて・・・。

>漣(「レン」でいいんでそか)、どんな男なんでしょね?

すいません、ルビ振り忘れてました。
ご名答です。
レンさんは、多分ドSどぇ~す。なんちって ←どあほ
身体をよじってて下さいませ。
by とんとん (2007-11-27 01:21) 

とんとん

>うにゃさま

>断りまくってたのかしら・・・?残念。

ありょ、それはもったいないことを・・・。
でも、素敵そうなとのをゲットされたのでし?
うらめしい、いえ羨ましいですわ。

>う~ん、う~ん・・・切なくなりそう・・・。

う~ん、う~ん・・どうでそ?
そんな素敵な話でもないような・・・。
(汗・・・汗・・・)
by とんとん (2007-11-27 01:25) 

とんとん

>ごまちん

あ、ドM犬が来たわ~
さては、ドSのにほひを嗅ぎつけたなぁ。

>出る出る出る出る出る出る出る出る~~~~~~っっっっっっっっ!!!!!
すぐ出るっっっっっ!!!!!!
今出るっっっっっっ!!!!
どこにでも出る~~~~~っっっっっっっっ!!!!!!

ぎゃははーーー!!!
なんが違うものが出そうだわ。あははっ!!

>絶対ドSなりぃ~~~~っっ

多分ね。(ふふっ←不敵な笑み)
9割方出来てるけど、もうちっと手を入れさせて下さいな。
明日には続きをアップしたいと思ってまする。
by とんとん (2007-11-27 01:30) 

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